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森丸彼方のなんちゃって創作ブログ。 お蔵入りネタや、サイトで公開しているネタのメモ代わり等。 ネタバレが出るかもしれません。閲覧注意。
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支部にあげた短編をあっぷ。
ネタバレというか深い所に触れているので、サイトにあげるのはもう少し先の話です。
ここはネタバレおkの無法地帯と銘打っているので。

では続きから。


 ぼくは聞き分けのいい子供らしい。
 学校が終わったらまっすぐ家に帰る、ゲームのしすぎで宿題を忘れるなんてことはない。何か失敗して怒られた時はちゃんと反省するし、夜更かしだってしない。
 だから、いつも母さんをかりかりさせているのはぼくじゃなくて、十は離れている兄と、七つ離れている姉のほう。ふたりは何回怒られても、同じことを繰り返す。そうするうちに母さんは怒らなくなった。かりかりはしているけど、口には出さなくなった。
 兄と姉と母さんは仲が悪いんじゃないかって心配したことがあるけど、ねえちゃんは――ふたつ上の姉は違うよって教えてくれた。
「母さんは兄さんのことも姉さんのことも好きだし、ふたりだってお母さんのことが好きなんだよ」
「そうなの?」
「だって、たまに三人で楽しそうに話しているもの」
 そんなの見たことがない。あの三人の楽しそうな顔をぼくは知らない。
 もしかしてぼくは、三人から嫌われているのかもしれない。確かに兄も姉も、ぼくと目を合わせてくれないし楽しい話もしてくれないけど。それでも母さんだけは違うと思った。母さんには見放されたくなかった。
「母さん。ぼくのこと好き?」
 せっせと洗濯物を干す母さんの背中を眺めていたら、いてもたってもいられなくなって聞いた。そうしたら、母さんは手を止めることなく答えたんだ。
「当たり前じゃない」って。
 すると、どうしてか分からないけど胸が痛んでぺしゃんこになった。両目は熱くなって、お腹から何かがこみ上げてきて、叫びたくなったけど我慢して、でも堪えきれなくて、抑えていた言葉がぽろっと零れた。
「つまらないとは思ってる?」
 逃げたいのに動かない両足、湧き上がるのに零れないごめんなさい、振り向いた母さんの顔は滲んでよく分からない。どうしよう。どうしよう。
「……ばかなこと言わないの」
 ほんの少しだけ冷たい言い方に、重たくて熱くて痛いものがどんどん膨れていって、割れてしまいそう。
 それは、好きってこと?
 それとも、嫌いってこと?
 はっきり答えられないほど、ぼくのことなんてどうでもいいの?
 色々とふしぎに思うことがあるけど、でも、どれも声に出すことができない。
 だからぼくは呑みこんだ。今にもぱちんって割れそうなそれを。ごくん。

 ぼくは聞き分けのいい子供。
 手の掛からない子供。
 つまらない子供。

 二年生になって少しした頃、近所の堤防で犬を見つけた。
 ぴんと耳の立った茶色の犬で、ぼさぼさの毛並みとぼろぼろの首輪、がりがりの体がなんだかとてもかわいそうだった。しゃがんでから「おいで」と声をかけると、しっぽを振って近づいてきて、ぼくの足に鼻をこすりつけた。
「よしよし」
 飼い主に捨てられて、ひとりぼっちで、さみしかった。そんな声が聞こえてきそうなぐらいに、犬は甘えてきた。
「いい子だね」
 母さんに愛されていない、兄と姉からは見向きもされない。ねえちゃんや父さんは優しいけど、どう思っているかはわからない。家族のなかに居心地の悪さを感じ始めていたぼくは、ぼくを必要としてくれる犬が、ただひたすらに可愛かった。
「明日もまた来るから」
 それから毎日、ぼくは堤防に通った。
 放課後に十分だけ、給食のあまりをあげて頭を撫でるだけだけど、犬はそのたびに喜んでくれた。かくいうぼくもしっぽを振って鼻をこすりつけて来る犬が可愛くて、嬉しくて、放課後が楽しみで仕方なくなった。
 あまり野良犬に構うのはよくないって、ちょっと前にねえちゃんが言っていた。だけどぼくは気にしていない。かわいそうな動物にえさをあげることが犯罪だと思わないし、もし悪いことだったとしても、今までずっと聞き分けのいい子でいたんだから少しぐらいは大目に見てくれるんじゃないかって期待した。
 だから今日もちぎったコッペパンをランドセルに入れて、いつもの堤防にやってきた。
 でもそこに犬はいなくて、代わりに傾いた地面の上に座っていたのは黒いセーラー服のおねーさん。初めて会ったその人の長い髪は、あの犬みたいなぼさぼさの茶色。横に置いてある大きな手提げかばんには、黒い上着が詰め込まれているみたいだ。
 犬はどこに行ったんだろう。
 堤防の上に登って辺りを見渡しても、「おーい」って呼びかけてみても、犬は現れない。犬にも見放された、なんて考えるだけで辛くなる。目が熱くなって鼻がつんとする感覚をごまかしながら、とにかく犬を探していた。
「あんたさあ」
 そうしたら、声がしたんだ。
 黒いセーラー服の人。
「さっきから何やってんの?」
 おねーさんの目はとても冷めていた。本当はぼくなんかに興味はないけど、早く追い払いたいから仕方なく声を掛けた。そんな感じの目付きだ。
 なんとなく母さんの姿を思い出しながら、ぼくは答える。
「犬がいないんだ」
 絞り出した声は震えていて、また泣きたくなる。でも力いっぱい目元を拭って、なんとか堪えた。
「あんたの飼い犬?」
「ううん。野良」
「そう」
 そこでおねーさんが黙ったから、ぼくも犬探しを再開した。だけどいくら探しても犬は出てこないし、風が吹いた拍子に変な臭いが漂ってきたせいで気分が悪くなってしまう。頭が痛むような、吐き気がするような、悲しい臭いだ。
「もう諦めな。わんこはおうちに帰ったんだよ」
「だけど」
「飼うつもりだったの?」
「そうじゃないけど」
 さみしい、なんて言い出せない。唇を噛んで鼻の奥にこびりついた臭いに耐えながら、次の言葉を選ぶ。でもちょうどいいものが見つからなくて、犬だけじゃなくて自分の言葉にまで見放されたような気分になって、いよいよ堪えていたものが溢れそうになる。
「じゃあ、今日はあたしがわんこになってあげるよ」
 いっぱいいっぱいだったぼくの耳に届いたその提案は、いちど聞いただけじゃよくわからなかった。少しずつ意味を考えていると、待ちかねたおねーさんがぼくを手招きしてきた。その人が呼ぶとおり近づいていったら、おねーさんは自分の頭とぼくの手を順番に指した。
「ほら、その手でよしよしってやりな」
 言われたとおりに手を乗せたら、頭を揺らして「よし、よし」と撫でられるふりをするおねーさん。頭ごしに伝わる優しさがとても温かくて、とうとう涙が零れてしまった。

 おねーさんにぼくと犬のこと、それと、ぼくの家に居場所がないことを話したら、思いのほか真剣に頷いてくれて、
「あんたもあたしと同じなんだ」
 と、少しだけ微笑んでくれた。
「おねーさんも、居場所がないの?」
「まあ、そんな感じ。もう嫌で嫌で帰りたくなくて、それでここに寄ったの」
「よしよし」
「わんわん」
 頭を撫でたら、ふざけた調子で応えてくれる。適当に流しているだけってことは何となく分かるけど、それでも鳴いてくれることが少し嬉しかった。
 おねーさんはこんなにいい人で、優しい。なのに、どうして居場所がないんだろう。
「ぼくは、つまらないんだ」
「まー世界は退屈だからね」
「そうじゃない」
 膝を抱えて、目を伏せて、続ける。
「ぼくそのものがつまらないんだ」
 おねーさんは黙っていた。
「ぼくに居場所がないのは、ぼくという子供がつまらないから。ずっと手の掛からない子供でいたのに、母さんはぼくよりもたくさん手の掛かる兄や姉の方が好きなんだ。つまらないぼくなんか、どうでもいいんだ。だけどそれはぼくが悪いから、仕方ないって諦めたんだ。だけど、おねーさんにまで、こんなに優しいおねーさんにまで居場所がないなんて、そんなのおかしいよ」
 今まで溜まりに溜まってきた言葉が、ここに来ていちどに流れ出てきた。言えば言うほど悲しくて、痛くて、逃げ出したくてたまらない。
 せっかく落ち着いたのに、また泣きそうになってしまう。おねーさんがぼくの方を向いているのに、ぼくはおねーさんの顔がわからない。ああ嫌だな、どうして涙は目から出てくるんだろう。
「……おチビくんはばかだね」
 いつかの母さんと同じ台詞を使いながら、おねーさんはぼくの両方のほっぺをまとめてつまむ。
 にじんだ世界に映り込むおねーさんはまっすぐぼくを睨んでいた。
 あなたも答えをごまかすの? あの時の母さんみたいに?
 涙や鼻水でぐしゃぐしゃになっているぼくに、急に潜り込むあの臭い。吐き気がする悲しいそれ。
「おチビくんは自分を責めなくていいんだよ。悪いのはおチビくんじゃなくて、おチビくんやあたしから居場所を奪ったこの世界」
「せかい?」
「そう、この世界は腐っている。だから、せっかく生まれてきたのに居場所がなくて泣いちゃう人がいるの」
「全部、この世界が悪いの?」
「そうだよ。あたし達は悪くない。つまらないのは君じゃない。何もかも、全て、腐りきった世界のせい」
 それじゃあこの嫌な臭いも、腐った世界のものなのかな?
 ぼくとおねーさんの居場所がないのも、母さんと兄と姉がぼくの方を見向きもしないのも、全部この世界のせいだ、って。
 そう思ったら心がすーっと軽くなって、ぱんぱんに膨れた熱いものもしぼんでいった。重りが外れて楽になった体は解放感でいっぱいになる。嬉しさで笑い、安心で泣いた。おねーさんにすがって、わんわんと。
「あたし達を仲間はずれにするこんな世界、ない方がマシなんだよ」
 ぼくの背中をさすりながら、おねーさんはそう呟いた。

 ぐしゃぐしゃの顔のまま家に帰ったら、母さんに色々と聞かれた。その顔はなんだとか、どこに寄っていたとか。でも「何でもない」と答えたら、母さんはしかめっ面ですぐに引き下がる。
 やっぱりぼくのことはどうでもいいんだ。心配だったらもっと取り乱すはずだから。兄の帰りが遅い時はもっとうるさいのに、ぼくにはここまであっさりしている。
 だけど、悪いのはつまらないぼくじゃなくて、かといってぼくに関心のない母さんでもない。全部、この世界が悪いんだ。
 明日もまた堤防に行こう。そして犬と一緒におねーさんも探して、見つかったら、世界を教えてくれてありがとうって伝えよう。その辺に咲いているたんぽぽを摘んで、プレゼントしたら喜ぶかな。相手は女の人だから、リボンでまとめた方がいいかな。
 次に会う時を楽しみに、ぼくはベッドへ潜り込む。そういえば宿題を忘れていたけど、今からする気もない。明日はおねーさんに会えればそれでいい日だ。
 その時のぼくは、もうおねーさんや犬に二度と会えないなんて思いもしなかった。
 

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